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下北帰省8ばばの誕生日

2,3日目を浅虫温泉で過ごし、帰ってきて雨のなかじじの墓参りに行き、土砂降りの中最後の夜を大間のスナックで50代のおっさんと飲み交わしながら、おかんと中森明菜をデュエットしながら過ごしたりして。

だいぶへべれけになって迎えた最終日の朝。

P9070238.jpg

前の日の、停電するほどの大雨のおかげ(?)世界がすべて光り輝いて見えて、俄然テンションがあがりました

世界って、面白い。


最終日は、いつものように過ごしました。

実家までばばを迎えに行って、いつもの温泉にゆっくり浸かる。

でろーーんとながまる。


ひとつ特別だったのは、この日(9月7日)がばばの誕生日・・・らしい。ってこと・

らしいってなんだよって話なんですが


娘たちは誰一人誕生日覚えてないし。

ばばの記憶と、嫁の記憶が異なってるし。

なんとも言えない微妙な感じ


ばばに内緒で峠を越えたとなり町までばばばと車を飛ばして買いに行く

しかしさすが田舎。

「夏場は売れない」からホールのケーキは置いていないそう。

まぁ、気持ちが伝わればと、ショートケーキを数個買い、トンボ帰り。


帰る間際に、なんとか間に合ってばばに誕生日おめでとうを言うことができました♪


そういえば、今までばばに言葉にしてありがとうを伝えたことってなかったな。


ばば。
貧しい時代もありながらも、娘たちを育てあげてくれてありがとう。

めっちゃいじめっ子だったあたしを、叱りとばしてくれてありがとう。

じじを愛してくれてありがとう。

生きててくれてありがとう。


照れちゃって全然伝えきれなかったけどw

手を握って、ちゃんとありがとうが言えて良かった。


忙しいから!って先送りにしないで、ちゃんと帰れて良かった。


来年も、ばばに会いに行きたいな。



強行スケジュールの3泊4日間。
楽しいこともたくさんあったし、しんどいなって思ったことも何度かあったけど。
みんなに笑顔であいさつすることが出来て、ありがとうを改めて言えたことが一番良かったなぁと思う。


あたしも毎日を大切に生きなきゃいけないし、身近な大切な人も、大切にしていこうと思いました。
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2010下北帰省7浅虫温泉

2日目の午後から、一泊2日で、青森市にある浅虫温泉にばば、おかんの姉2人も連れて行ってきました♪

片道車で4時間弱の長旅でしたが、いつもは出無精のばばもしぶしぶついてきてくれました


浅虫温泉での宿は、年に10回以上青森に来てるという、鉄ヲタな弟くんが見つけてきてくれました。

料理を重視したってことで、外観と部屋の雰囲気から女子たちにだいぶブーイングを受けてムスッとしていましたが、姉ちゃんとしてはそうやってばば達と一緒に時間を過ごしてくれようとするところにすでに成長を感じてうるっときてしまっていたので、宿のランクはそれほど気になりませんでしたよ~

料理は確かにおいしかったし♪


みんなで温泉に入って、だらーんとながまって、おいしい料理をいただいて、津軽三味線を聴いて、一杯ひっかけながらぐーすか川の字になって寝る。


あーーあたし今、めっちゃ幸せ。

てすごい思った。

P9050237.jpg

陸奥湾に沈む夕日を一人でぼーっと眺めながら、2日間を振り返る。


あたしは、泣きたくなるほど、家族が、ばばが、親族が好きだ。


ばばに「こんなありがたい体験をさせてもらって本当にありがとう」って言ってもらえて、でへへーって思ったりもしたけど。

素直にありがとうとか好きって気持ちを伝える機会が、あとどんだけあるんだろうと同時に考えた。


大切な人を、大切にする。

大切にしたいって思いを、行動であらわす。



あとで自分が後悔しないためにも。
これからもこの思いを大切にしていこう。って、改めて思いました。

一緒に時間を過ごしてくれて、本当にみんなありがとう。

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2010下北帰省6おかんと磯で

1日目の飲み会終わりは、一度大間に戻りました。

空を見上げてびっくり。


「オリオン座がどこにあるかわからん!」ってくらい、たくさんの星が見えました。


大間は風が強いけど、空気が澄んでるから星も見やすいのかも。

しばらく見とれてしまうくらい、本当に素敵な景色でした


そして2日目は、朝からウニ、たらこ、焼き鮭と海鮮三昧の朝食で始まりました。

こんな朝食食べたらそりゃパワーもわきますよね


午前中のうちに、またもや車で20km移動してばばの家へ。

P9040236.jpg

おかんと二人、家の目の前の浜におりてきました。


小さい頃、あたしが夏の大半を過ごした場所。

唇が青くなるまで泳いで、貝をとったり、魚を追いかけたりしてました。


お盆を過ぎるとクラゲが大量発生して泳げなくなるので、もうすでに海には入れませんでしたが。

午前中で干上がっていた磯を二人で散歩してきました。


もちろん散歩だけじゃもの足らず、つぶ貝もたくさんとってきましたけどね


うちのママはさすが漁師の娘です。

あたしもたじろぐような、デコボコだらけで歩きにくい岩場を、ビーチサンダルですいすい進んでいきます。

「昔に比べたらだいぶ歩きやすいわよ。あたしなんかはこのもっと先の崖の向こう側まで泳いでって昆布とりしてたんだから」なんてさらっと話すところがすごい。

にわか漁師の孫気取りのあたしなんかじゃとても太刀打ちできません。


浜には、釣り舟がいっぱいとまっています。

隣町の漁港には、イカ釣り用のライトをごっそりつけたでかい船がたくさん停泊しているのですが、この浜は遠浅ででかい船は入ってこれないので、釣り舟専用の浜になっています。


うちのじじは、舟にばばの名前をつけていました。


この浜は、その舟に乗ってうちのじじが、波にまきこまれてなくなった場所でもあります。


「橋本のじじはきっと海に呼ばれたんだね」周りの人はそう喋ります。


 大腸がんを患いストーマをつけながら。

 ペースメーカーを装着しながら。

それでも海で仕事をし続けたじじの、最期の場所が「海」であったこと、目の前の浜であったことには、やはり意味があるのだとあたし自身も思っています。


うちのじじは「橋本のじじは漁師のなかの漁師だ」と謳われるような人でした。

仕事に真面目で、きっぷがいい。

酒飲みで、娘たちに「ビールは水代わり」と喋られるほど。常に一升瓶を片手に生活しているような人でしたが、家族のことを本当にめいっぱい愛してくれました。


あたしには正直一升瓶の記憶くらいしかありませんが

めいっぱい、愛してもらってたことは今でも感覚で覚えています。


うちら家族をめいっぱい愛して、包んでくれた人。


もっともっとありがとうを伝えておけば良かったと、悔しい思いでいっぱいになる日が今でもあります。


だけど。
あっけらかんとしているばば達をみていると、なんだ。じじはやっぱり近くにいるんだ。という気にもなります。


あたしにとって、帰省の楽しみのひとつはお墓参りです。

家に帰って線香をあげる時。お墓参りで石を掃除している時。
じじとたくさん話ができて、嬉しいのです。
お礼が言えて、嬉しいのです。

今年は笑顔で挨拶ができて良かったな。

来年もまた、笑顔でお話しに行きたいです◎
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2010下北帰省⑤母になった幼馴染

小学生のころは、毎年8月の1ヶ月間を青森で過ごしていました。

夏休みのほとんどをそこで過ごすわけですから、当然地元の子らとも仲良くなります。


となりの酒屋の娘。

同じように夏になると帰省してくる姉妹。


そして、トランペットとバトンが上手な、4歳年上の憧れのお姉さん。


あいにく年の近い男の子が近くにいなかったので、「幼馴染と復縁LOVE」みたいな王道パターンは期待できませんが、それなりに女の子の友だちが近くにいました。


中でも仲よくさせてもらってた、4歳年上のお姉さん。

名前を「みかこ」ちゃんと言います。


みかこちゃんは、バトンとトランペットが上手で、いつも浜で練習をしていて、すごく格好良いお姉さんだったんです。

そんなみかこちゃんと、秘密基地を作ったり、地元に帰ってきてから文通をしたりする時間はすごく楽しかったし、幸せだったなぁと記憶しています。


ま、テトラポッドの中に基地作ろうとして見つかって、大人たちに一緒にしこたま怒られて、「もうあの子と遊んじゃダメ!」怒られたようなエピソードもあるんですけどね。

今思えば本当にバカな子どもたちだ


そんなみかこちゃんは地元で就職口を見つけ、素敵なダンナさまをGETし、今も下北の別の町で暮らしています。


せっかくだから会いたい!ってずっと前から思ってたのに、あたしが電話したんは初日の夕方。

「なんでそんな急なの!?あんたバカでしょっあたし仕事あんだから!」って当然怒られたけどw

なんとか初日の夜に短い時間会うことができました。


4歳になるみゆちゃんを連れて、軽トラで現れたみかこ。

顔も喋りも、昔とまったく変わっていませんでしたが、みゆちゃんと一緒にいる姿は「母」の姿だったし、「母」の目をしていました。


あんなにバカやってた仲間も、今は一児の母として、夫と子どもを支えているんだと思うと、自分のちゃらんぽらん具合に「ごめんなさい」ていう気分になりました。


「自分を活かせる仕事がしたい」

「仕事もプライベートも充実させてキラキラ輝きたい」

結局、今のあたしは自分の幸せのためだけに生きてるんだよね。

別にそれはそれでいいんだと思う。

だけど、そうやって「自分」のために突っ走れることって、めちゃめちゃ幸せなことなんだってことを、忘れちゃいけないなぁと想いました。


最近ママたちに会う度に思う。

彼女たちの決心は本当に格好良い。


あたしもいつか人の親に・・・なれるのか?
その時にはまた異なった「自分の置かれた状況」に感謝できる人間でありたいなぁと思ったし、自分で納得できる道を歩こう!と思いました。


突然の呼び出しにも関わらず、足を運んでくれたみかこ、みゆちゃん、本当にありがとう
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2010下北帰省④ばばと娘たち

うちのママンの実家は青森県の下北郡(まさかり型になってる上の部分です)にあります。

住所に2こも「字」がつくくらいのド田舎です。

ちなみに信号はいっこもありません。

コンビニは、隣町に一件ありますがもちろん24時間営業ぢゃありません。

スーパーの類は、峠をいっこ超えないとありません。

そんなところ。


携帯の電波も入らない、そんな僻地で、今もばばと長男夫婦、末の息子が暮らしています。


ばばには、5年ぶりに会いました。

電話で「足が悪くて全然外に出られない」と聴いていたので、どんだけ具合が悪いのか。寝たきりなのか?ボケはじめちゃうんじゃないか?と不安たっぷりで向かった悠貴だったのですが。

ばばは、意外とシャンシャンしていました。

確かに足は悪いし、杖がないと歩けないし、一か月に2回も家のなかで転んで青あざ作ってるし、心配なところはたくさんあるけど。

「自分のことは自分でやる!」というその信念が(ご飯も作るし洗濯もします)彼女を支えているんだなぁと思いました。

ばば、格好良いです。



そのばばを連れて、隣町の銭湯まで温泉に浸かりに出かけます。


「下風呂」は、下北半島にある温泉・・・という意味ではなく、アイヌ語の「臭い岩」という言葉からきているそうです。

なるほど。
街のなかには硫黄のにおいが立ち込めています。


そして珍しいことに、ひとつの温泉街にふたつの源泉があるんです。

うちの親族が好きなのはより臭く、よりとろっとしてて、より濁っている「大湯」のお湯です。

今回もそちらにお邪魔しました。

冬場漁師さんが冷えた身体を温める場所でもあるからか。
ここのお湯はめっちゃ熱い!です。

都会からやってきたあたしなんかはひとたまりもありません。

すぐ身体が赤くゆであがります。

「こんなに熱いお湯に入ってみんな大丈夫なのか」と、保湿の観点、心臓への負担など頭で考えると心配なことはいっぱいあるのですが。

下風呂の湯に毎日浸かってるばばちゃん達の肌は確かにもっちりすべすべです。

あたし自身はそんなにたくさんの温泉に入ったことはありませんが、下風呂の温泉が一番だと思っています◎


温泉あがりは、18時から近くのすし屋で飲み会スタートです。


なんですし屋かって?

この街には、飲食店はスナック数件と食堂、すし屋しかないのです。

大衆居酒屋なんてものは、市街地に出ないとありません。

よって若者が集うのも、ラーメン屋らウニ丼やらが出る食堂です。

健全なお付き合いができそうです。


まずは、おかんの姉さん2人、ばばとご飯。


おかんは7人兄弟の末っ子です。

両親は漁師とその妻だったので、家計は不安定。

一番ひどいときは家に扉がなくてむしろをかけていたそうです。


幼い兄弟の世話は、年上のお兄ちゃんお姉ちゃんの仕事。

姉二人は、おかんをおぶって中学校に通ったそう。


彼女たちと話していると、昔の苦労話がたんまり聴けます。

「砂糖で作った鯛もあたしたちにはご馳走だった。兄弟7人で平等にわけるために、ジジがものさしで測って配ってくれた」

「学校がある日も、朝は叩き起こされて家族で磯にのりを獲りに行った。一日中舟の上で過ごした」

「長靴が足りなかった。早い者勝ちだから、雨の日は人より早く起きるのに必死だった」


この人たちのすごいのは、結婚後もそれぞれに苦労しながらそれをはねのけて今は笑い話にしているところ。

姉妹そろって嫁ぎ先で1千万単位の借金をかぶりながらも、夫だったり息子たちと協力して完済して今に至ってる。

下手なドラマよちよっぽどドラマになる、演歌を地でいく人達なんです。


本当に姉さんたち格好良いと思います。


だけどみんな・・・我が強いw


自分をもってるから譲らない。

負けん気根性がすわっているから、人の成功を素直に喜べず自分と比べる節がある。

そんな人たちがまとまるのって、すっごく大変。


どうやってまとまってたんかな~と、いつも不思議で仕方なかったけど、今日一緒に飲んでわかった。


下の子たちがうまくバランスをとってくれてるんだ。


末娘なうちのおかん。

両方の話をうんうんと共感的に聴きながら、争わせることなく、接点をみつけて対立を落ち着かせる力をもってる。

多分本人は意識してないけど、それってすごい大切な役割だなぁと思った。


この家族は「みんな」で支えあってきた家族なのだなぁと、改めて思った夜でした。
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