コンテントヘッダー

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
コンテントヘッダー

生を伝える性教育。

今日は県内の中学校にお邪魔して養護教諭の先生(保健室の先生)にインタビューをしてきました

このブログではあまり話題にしてきていないかもしれませんが、プロフィールにも書いたように、私の大学の看護学科では選択で養護教諭1種免許が取得できるコースがあって、私はそのコースを選択しているのです。
(他に助産師コースと社会福祉士コースがあります)

今年の大学祭では、養護教諭選択の3年有志で、“性教育”に関する催しを開こうということで、夏休み中から色々調べ物をしたり、掲示物の作成をしたり、インタビューのアポを取ったり・・・と活動していたのです。

んで、今回は「性教育の現状」チームの助っ人として、養護教諭の先生へのインタビューに同行させていただいたのです。
えぇ、“どうこう”ですよ。どうれいちゃんにねw



引き続き、野島クリスマスキャンプの当日ボランティアさんを募集しております♪
12月16、17に横浜市金沢区で行われまーす
詳しくはBBSをご覧ください☆



いや~、中学生っていいね
小学生とも、高校生とも違う。
なんかねぇ、キラキラしてるし純真でエネルギーもいっぱいもってるんだよ。
保健室に居座るリクルートスーツな怪しいうちらにいっぱい声かけてくれて、何はなくとも笑ってて、養護の先生に気になってることとか部活とか塾とかで忙しくて大変なこととか話してて。

あー、中学校ってこんな感じだったなぁって思い出させてくれた。


先生とお話するなかで、自分の考えもちょっとまとまってきた気がした。
最近看護の実習だ全人だで、あんまり養護教諭とか性教育ってものについて考える時間がとれてなくて、思うことはあってもそれがまとまってなかったから、正直周りの養教の子らに引け目感じてなかなか自分で動けずにいたんだ
でも、今日話をしてて自分がやりたいこと、考えてたことがちょっと明確化してきた気がして行って良かったなーって思った。


私がやりたい性教育は「生の教育」なんだ。
今「性教育」って言葉を聞いて、ほとんどの人は“避妊法”とか“性感染症”とかの授業をすることを思い浮かべるんじゃないかなーと思う。
「付き合い始めたらその延長線上にHがある」今の時代に、これらの実際を子ども達に伝え、正確な情報を手にしたうえで自分で自分の行動を決定していけるように支援していくことってもちろん大切。

だけど、いきなり“避妊法”や“性感染症”について教えることに抵抗を感じる人達がいることも事実。
私自身、自分が受けた性教育は「性交」っていう実際的な行為のほうが先行してしまって、そこに至るまでの気持ちだったり、それが生を育むプロセスの一つであったりすることが置き去りにして、ただの快楽のための性だったり、生殖のための性だったりの印象が強くなっちゃってるんじゃないかなぁって思うの。

確かに生殖のための性ではあるんだけど、人間の生殖って、本能的な部分だけじゃなくて、そこに心も関わってくるんだと思う。
性のなかには生があるんだってこと、子ども達に伝えていければなぁって思ってる。
だからこそ性教育として「いのちの授業」ってやつが大事だと思うし、身体だけじゃなくて心の面からアプローチしていきたいって思うのさ。

でも、それに対してバッシングが起きていることも事実。
「行き過ぎてる」とか「過激過ぎる」ってマスコミやお偉いさんは言うけど、その人達は今の子達がどんな生活をしてるか知ってるのかなぁ?って。
多分そんな大人達よりもずっと性に関する情報に触れているし、性への関心も強いんだと思う。
でも彼らが得る情報は全てが正しい情報ではなくて、性的な部分を強調した間違った情報もあふれていることは否定できない。
子ども達のほとんどが「友人の話」「漫画・雑誌」「AV」から情報を得ているくらいやしね。

情報を規制することはできないし、規制したからといって見たいと思う気持ち、したいと思う気持ちがおさまる訳ではないから、教科書の内容を変えるとか、性的描写を規制するとかってことが意味を持つとは私は思えない。
だけど、そういった情報源から正しいとはいえない知識を得てそれをもとに行動に移してしまうよりも先に、正しい知識を与えることで、子ども達が知識をもったうえで自分の行動を考えることの手助けはできるんじゃないかなぁって思うんだ。

どうれいちゃんとも「無知は怖い」って話になったし。

私の担当は「いのちの大切さ」やき、この部分をだしていきたいなぁって思うんだけど、今やれてることじゃまだまだ弱いと思うんさ
来週から実習が始まっちゃうけど、後になって後悔しないで済むよう、あと一ヶ月もうちょっと色々考えていきたいなぁって思います。
頑張ろうねギャニー


あと、お家に帰ってきたら、ディズニーランドボランティアのお礼状が届いていました
中に利用者さんと写ってる写真が同封されていたんけど、本っ当いい笑顔してるんだなぁ~

・・・私が(^^;)

どうやら本っ当に楽しかったみたい
利用者さんもすっごい楽しそうに笑ってくれてて、本当良い写真だった!
しばらく宝物になりそうな予感です
スポンサーサイト
コンテントヘッダー

コメントの投稿

非公開コメント

No subject

性教育を放置しておくと、とんでもないことになる。追跡21世紀最大の超問題作「14才の母」リポート 投稿者:評価 大志尊徳 投稿日:12月15日(金)09時35分19秒
http://plaza.rakuten.co.jp/susan55/diary/200507180000/
(ソース全文引用)
2005.07.18
過激性教育をほっておくと [ カテゴリ未分類 ]先日、「川崎市の教育を考える会(仮)」さんのところに有名人といえども、呼び捨てにせず、「先生」や「さん」付けしたらどうかと書き込んだところ、自分にはそれはできないというコメントがありました。
 私も今はジェンダーフリーへの疑問が多い中ですが、昔、大学の教養でフェミニズムを学び、先生の先生がこの方で、かつ、ご書籍も多数、読ませていただき、その点で、今は考え方が違うとはいうものの、「礼節」の観点から先生とお書きしております。私が、フェミニズムの利点を思ったのが女性の社会的地位向上のための第一期の成果です。その後、第二期のウーマンリブに至る内容については評価が難しいです。このように当時、あれこれと学び、各種の会にも参加していましたが、その私をそこから離脱させてしまった内容が、ちまたで問題になっている過激性教育の背景にあると思われるセクシュアリティの内容です。理論的には、そうかなという話でもあったのですが、講義まではOKでした。その後の参加者討論が問題でした。すじがきがあるのか、ある女性が、自分のマスターベーション経験をとうとうと語る話になります。なぜそんなことが女性の地位向上につながるのか私には本当のところ理解できませんでした。どこかのブログかで、頭に女性性器をイメージするかぶりものをかぶって討論する話がありましたが、筋金入りのフェミニストの人々は、それこそ、街頭で裸で股を開いていても、なんとも思わないくらいに精神性を強くした人々でないとやってゆけないところがあると思います。そして、周囲の男性たちの目をみて、「うっ」となりました。「いやらしい」。結局、このエロ話を聞くのが目的だったのか?と思わざるをえないところがありました。しかも古参の人々は何回も聞いているようなのです。女性という肉体の性を直視するというのが論理展開で、それを男性の前で発表するのが、ステップアップということでもありますから、そうなって当然なのですが、それで一体、何の価値があったのでしょうか。その後が課外授業というのがあり、実演を男性の前でしてみせるという話になります。もう一歩進めば、男性たちも参加。。。ドリフではないですが「こりゃだめだ」。そこから離れた人と話をしたところ、「どうも頭でセックスする人々の集まりだったようだ」。その後のことはわかりません。今でも大学の片隅のどこかでそういったことをあいかわらずしている可能性もあるのかもしれません。過激性教育をほっておくと、そのうち、先生による実演授業、ふれあい体験授業といった最後までゆくことになりかねません。そうなってからでは遅いし、その筋書きの上にあるのが、ジェンダーフリー教育というものだと感じます。

http://www.sodc.co.jp/k/detailes.php?id=SDDE-091
これは性教育を出しにしたアダルトビデオの一部の映像である。過激な性教育を放置した場合はこのようなビデオのような教育現場が出現するのだ。このような時代になれば保護者も子供もこのような世界が普通に錯覚する世界でも類のない危険なフリーセックスの国になり日本はエイズやSTD性感染症が子供全員に蔓延して日本は滅亡してしまうのだ。
三重・桑名市「全国一過激」の汚名返上へ!男女共同参画条例改正めざして頑張っている様子が紹介された。世界平和連合(FWP)三重県連合会は日本の未来と青年教育を考える会を後援して7月10日、桑名市内の桑名シティホテルで会員ら50人が参加して時局講演会を開催した。講師は世界日報社編集局文化部次長の鴨野守氏で「桑名市『全国一過激』の汚名返上へ!」と銘打って「桑名市男女共同参画条例改正と全国の現状」と題して講演した。桑名市での時局講演会は一昨年から今回で6回目を数える。広島県の同和・人権教育問題とも絡めてジェンダーフリー問題を講じた鴨野・世界日報文化部次長(7月10日、桑名シティホテル=三重・桑名市)
講演する鴨野氏まず主催者を代表して日本の未来と青年教育を考える会代表であり、FWP三重県連合会理事の金森工氏が「02年3月に公布された桑名市の条例は、男女共同参画条例の中でも『全国一過激』と雑誌、テレビで批判的に紹介された。この汚名を返上するため、今年の3月議会においてもっと分かりやすい良識ある男女平等・男女共同参画条例に改正することが議員発議により全会一致で可決された。この条例改正のために、かねてから取材を進められている世界日報社の鴨野守・編集局文化部次長を講師に迎えた。具体的な教育現場での問題や課題、子供の教育や安心できる環境づくりなどについて学んでほしい」と挨拶した後、桑名市議、町議などの来賓紹介があり、講演会となった。講演で鴨野氏は、初めに広島での同和・人権教育などの問題点を例に挙げ、こんな短期間にフェミニズム・ジェンダーフリーを推進する男女共同参画条例が一気に全国に広まっていったかということについて、「同和・人権教育に1つの関連性がある」と述べ、「同和・人権問題、女性運動をやってきた人たち、あるいは学校において男女混合名簿を推進してきた組合の先生たちが、男女共同参画の法律を中心にして市町村において結束し、核となって社・共を中心として政府の施策の中核に入っていった。そこに9兆円という予算が付いて、非常に形式的な形で進められてきた」と指摘した。また、桑名市における条例の改正のポイントとして、東京都荒川区の男女共同参画条例案を例に、「男女が互いの特性を認めつつ、人格を尊重し、責任を分かち合い、補完し合って、個性と能力を発揮し、健全な家庭と地域社会を築くこと」、「地域に根ざした伝統と文化を尊重しつつ、男女が対等な立場でそれぞれの役割を果たすことにより、健全な家庭と地域社会を築き、もって真の男女共同参画社会の実現を目指すこと」などの文言を入れることなどについて解説し、「これを参考にして全国一良い条例をつくってほしい」と語った。更に「ジェンダーフリーの問題は、『男らしさ』『女らしさ』などの性差を否定する、男女の比率を50%ずつにすることなどのほかに、実際の大きな問題として性教育、性の自己決定の問題がある。米国では結婚までセックスをしない・避妊法を教えない『禁欲教育』にブッシュ政権は今年7500万ドル(来年は1億8200万ドル)という資金を投入している。一方、日本の小中学校で行われている性器の機能や避妊などを教える過激な性教育は、ジェンダーフリーの思想のもとに幼い子供たちに大きな傷を与えている」と語り、「子供たちが学校現場で被害を受けないようにするため大人の責任が非常に大きい」と訴え、講演を終了した。記念撮影後の有識者懇談会では、議員などを交えて条例改正についての具体的な問題など活発な意見交換がなされ、今後の運動に意欲を示した。私もこの考えは賛成である。何でも行き過ぎるととんでもないことになる。行き過ぎた性教育やジェンダーフリー教育はすぐに廃止させるべきなのだ

追跡、21世紀最大の超問題作「14才の母」リポート
先週の放送は視聴率は16,4%だったが内容が非常によく来週はどうなるのか緊迫感があったので今週は時間が1午後0時30分からにもかかわらず。資料率はついに21,8%と20%を超える大台に乗った。ここはやはり私の予想通りだった。しかし今週はドラマはすべてが美化するように解決して行き11話はもうその後を描く最悪の糞ドラマになる予告編がでればもう「14才の母」の最終回はなくなっていたが、再び緊迫感にあふれた最終回の予告編が流れてドラマの最終回のピンチは救われた最終回が一番大きく視聴率が上がらないといけないそのためには凄い緊迫感がいるのだ。ドラマの最終回の鍵は未希(志田未来ちゃん)の命の恩人となった重要なキャラクター波多野卓(北村一輝)の週間記事に書いた「14歳の母」から「14才の母」に書き換えたところにあると思う。この意味は辞書で意味を引くと歳は年齢そのもの才は才能を表し未希(志田未来ちゃん)は14才でも母になる才能はあるが肉体的に無理なことを意味している。最終回は個々を生かしてほしい。14才という年齢は肉体的には母になることは無理なのだ去年は42件の14才以下の出産があった。悪魔の教育性教育で14才以下の出産は1970年の12件の3倍以上に増えているとはいえ、まだ47都道府県の数に達していないのだ。14才以下の出産は今でも非常に珍しい現象なのだしかし危険度ハイリスクは高く42人の新生児のうち17名が一ヶ月以内に死亡しており25人しか生存していない。14才以下の出産した新生児は生存率50%と以前危険なのである。 村瀬健プロデューサーの言っていた未来(志田未来ちゃん)の母、加奈子(田中美佐子)の背負う十字架ってなんなのか? 未希(志田未来ちゃん)の責任とはなんなのか? 最終回の謎を多くの雑誌で取材されているがこの約束は守ってもらいたい。「14才の母」ほど予告編とドラマのずれが大きいと非難が出ているドラマはこれまでなかったのだ。最終回は約束を果たしてほしい。また村瀬健プロデューサーは公言通りハッピーエンドにはさせないバッドエンドにさせるという約束も守ってほしい。全国の中学生の命の大切さと性の価値観野生のモラルの大切さを伝える自己抑制のメッセージを伝えるためには今週で幸せいっぱいの再開ができ「愛するために生まれてきた 会えてよかった」も目標は十分に達成できている。一番大切な命の尊さが全国の中学生に伝わっていない。ここは、ちゃんと未来(志田未来ちゃん)か赤ちゃんが命がけの戦いを通じて死ぬ事により命の大切さを伝え、社会的じめをつきつけたり、批難の声を受け止める結末にしなきゃ皆納得しない。ドラマとしては出産で危険な状態に陥った未希(志田未来ちゃん)の「桐ちゃん…」といううわごとを聞いて父親(生瀬勝久)は桐野親子(室井滋)が隠れ住むアパートを訪ねる。 そこにいたのは以前とは見る影もない廃人のようになった静香。父親は「ミキと赤ん坊が危険な状態になっている。何もしてくれなくて良い 会ってくれないか」と頼むが智志(三浦春馬君)は「ボクに何をしろって言うんですか」と叫び追い返す。未希(志田未来ちゃん)は無事出産するものの子供はNICUへ、未希(志田未来ちゃん)も出血性ショックで昏睡状態に陥る。 医者からは「今は待つしかない」の言葉。 家族が心配そうに見守る中、病院に智志(三浦春馬君)が現れる。 そのとき、未希(志田未来ちゃん)に反応があり、昏睡から目覚める気配。智志(三浦春馬君)は未希(志田未来ちゃん)に会わずに帰る。この場面はあまりにも現実離れしすぎていた。自分の娘の命が危ないときは父親は娘の命のことしか頭にはなくなり他のことはできなくなる。「14才の母」はやっぱりドラマだなとテレビを視聴していた父親から非難が出ていた。 もう一つアパートに帰ると、静香(室井滋)と元秘書が自己破産についての話をしていおり「自己破産すると銀行融資が受けられなくなる」とかたくなに破産を拒絶する静香(室井滋)。 智志(三浦春馬君)は「自分は働きたい、少しでも子供に渡したい」と母親(室井滋)に話す。 一方、未希(志田未来ちゃん)は生まれた赤ちゃんに会うためNICUへ。 保育器の中の赤ちゃんにそっと触れ、涙する。 そのころ、静香(室井滋)が加奈子(田中美佐子)のところを訪ね、出産祝いを渡そうとする。 加奈子(田中美佐子)の「なにもいりません」の言葉に静香(室井滋)は前に美希(志田未来ちゃん)が書いた 認知を求めない誓約書を破り捨てる。この場面は現実的だったが描写が過激すぎと母親側からの声があった。 成り行きを見続けてきた波多野編集長(北村一輝)が原稿に「14才の母」と言う題名をつけまとめ上げていく。「14才の母」では意外な形から過激主役になり脚光を浴びるキャラクターとなった波多野卓(北村一輝)の「14才の母」という記事タイトルが最終回のなぞの鍵を握っているのは間違いない才能だけでは母にはなれない肉体的な成長も必要なのだ。 最終回の経過はは赤ちゃんも未希(志田未来ちゃん)の容態が再び悪化していき未希か赤ちゃんのどちらかがラストに死なないと中学生にセックスや出産推奨ドラマといわれても仕方がなくなる。今のリアル中学生にはやはりラストは思い切ってバッドエンドで今のリアル中学生に本等の「命の尊さ」を思い知らさないといけないとおもう。

家内の知り合いのお子さんが通う川崎市立小学校では、新しい校長先生が赴任してから、運動会の騎馬戦のやり方が変わったそうだ。男女混合騎馬戦。それも正真正銘の男女混合。それが今週のの土曜日に行われた。混合騎馬戦には2つのやり方がある。(1)「男子だけの騎馬」と「女子だけの騎馬」を分け、ぶつかるときは男女一緒。男子の馬と男子の馬がぶつかることもあれば、男子どうし、女子どうしでぶつかることもある。相手のはちまきや帽子を取ったほうが勝ち。(愛媛県宇和島市)(2)騎馬を作るとき男女まぜこぜにする。男子の上に女子が乗ったり、女子の上に男子が乗ったりする。(川崎市や福岡市に多い)私はいずれのやり方にも反対だ。思春期に入る児童は性差を尊重し、配慮して、できるだけ肌の接触は避けるべきだ。まだ小学生だからいいじゃないか、という考えが甘いのだ、小学生で慣れっこになってしまえば、中学生でもそれが当然と思うようになるそれが高校生になると援助交際の元にもなるのだ。援助交際は過激な性教育の延長線上の出来事なのである。男女混合競技は小学校低学年にとどめ、高学年以降は、性差に配慮し、いたずらに性的関心を刺激したり、性的不快感を与えたりしないようにすべきだ。一昔前はこの考え方が大多数を占めていたので、心配するまでもなかったのですが、最近は「男女共同参画」「男女平等」の名分を掲げつつ、行政側が積極的に男女混合を勧めている状況がある。川崎市が特にひどい。最近は80%が改善されたがまだまだ多いのだ。もう10年も前から、小学生向けに「こんな子いるよね」というマンガパンフレットを作り、そこで「混合騎馬戦が男女平等」「男女を分けるのは差別」という考え方を強力に打ち出している。このマンガパンフレットは、親にひと言も断りもなく、小学5年生になると、児童に直接手渡されるのだ。パンフレットの中身を親が事前に確認することはできない。なぜなら、このパンフは、市役所にも区役所にも男女共同参画センターにも市民向けに備え付けられていない。親はこんなものがあることすら知らない。川崎市の「市民局人権・男女共同参画室」が、学校を通じて小学生に配布するために、在庫を抱え込んでいるのだ。しかも、毎年改訂版を出すほどの力の入れようだ。しかし、そのイデオロギッシュなパンフレットですら、混合騎馬戦のやり方は(1)だ。もしこの小学校が(2)のやり方を取るならば、これはセクハラではないか。「婦人公論」4月7日号の武香織女史のルポ「迷走する、学校でのジェンダーフリー」には、現場の混乱が数多く収録されている。
その中の一例。「運動会の騎馬戦が男女一緒。一部の女子が『男の子にまたがり肌を合わせるのは嫌』と騒いだが、一応なだめてやらせた。セクハラ行為だったか? と悩み、気が滅入った」(茨城・小学校・50代男性)この先生の感覚がコモン・センスというものでしょう。女の子がたとえ嫌がらなかったとしても、おかしいと思うのが普通の感覚なのだ。ただでさえ性行動の低年齢化が進んでいる。「援助交際」という名の少女売春やみだらな性的接触は、小学校高学年にも波及している。■小学生で性体験1万4859人[全高PTA連合会『高校生の性』調査](050422)思春期の男女が、肌を密着させることに慣れっこになってしまえば、行き着く先は「触れ合いの性」「快楽の性」であることは明らかである。それを良しとする親もいるでが、大半9割以上が全国調査の結果はそうではないことが分かっている。男女密着は男女平等とは無縁だ。私は(2)の男女密着混合騎馬戦には断固反対だ。男女平等とは縁もゆかりもない。どうしても男女平等と結びつけたいならば、それは「偽の男女平等」と言うしかない。川崎市教委と当該小学校には、電話で強い抗議を申し入れは保護者からの声も聞いた。川崎市民としてはたまらないだろう。こんなばかげたやり方が既成事実化すれば、いつわが子の学校に波及するかしれない。黙っているわけにはいかないからだ。

○ 追跡、21世紀最大の超問題作「14才の母」反省
 「14才の母」は何か道が外れたドラマになってしまった。今はコンドームの使い方を教える性教育ではだめなのだ!結婚までは貞操を守る!自分の体は大切にする。性の価値観や性のモラルを教える日本社会にならないといけないと思う。子供を持つ親の当たり前の気持ちなのだ。なお「14才の母」公式掲示板は昨日で書き込みができなくなった公式掲示板の閉鎖があまりにも早すぎる最低番組終了後は3が月は生きていて書き込みはできるが何千万という反対派の書き込みを拒否してきた子の掲示板、たった20日あまりでなぜ書き込み中止するのかも意味不明で公式掲示板に非難の声が集中している「14才の母」はこんなドラマのエンドは許されませんよ。ラストは未希(志田未来ちゃん)赤ちゃんのどちらかが亡くなってバッドエンドにならないと命の尊さもドラマのテーマも伝わらない最終回で幹死亡のチャンスはあった「若いお母さんは子供を見放す人が多いけれぢなかには逆に頑張りすぎる人もいるから気をつけないとの場面ではまだ手術から日がたっていない」という場面で再び美希の容態悪化に持っていけたはずだ。まったく脚本が現実離れしすぎだ。近所の人も未希の噂をしているが、風当たりが凄く弱いのだ。現実ならしばらくはよそにこのケースは出かけるはずだ。赤ちゃんに異常が発生してもすぐに回復する。もっと緊迫感が視聴者に痛々しく伝わらないといけない。何のために小児科医(反町隆史)まで出演させたのか意味がない。学校は学校で美来(志田未来ちゃん)に普通では評定不能な終業書を先生が家まで来て渡し、職員会議では学校長ばかりでなく反対してきた教頭までが美化論する基地が医学校。また予告編で注目された「私のところに生まれなかったほうがよかったのかな」このセリフは待合室の椅子で母という言葉で予告編で、ガラス越しの未希の絶叫と大きくずれていた。視聴者の釣りだった。これだけ視聴者をだまして釣り視聴率をかせいだドラマは過去にない。智志(三浦春馬君)は高校へ行かずに働く決意をした。これは当たり前です。未希の体調の回復がドラマの中で早すぎた。 帝王切開手術での後遺症でもう第2子からは子供を産めない体になっていることも出ない今後多くの中学生が帝王切開手術を受けるようになると危険です。一度帝王切開手術を受けるともう抵抗切開手術なしでは出産できなくなるからだ。各中学校からの教師達の声を聞くと、「中学生で子供を造りたい」と平気で言うバカ中学生が増えて中学校の先生達が頭を痛めているそうだ。恐れていたことが本等になってきた。どうすんだよ日テレこの罪は重いぞ来年の14才以下の出産が2005年の42件を超えると「14才の母」の影響で日本壊滅番組と非難はさらに大きくなる。そのためにはお花畑のハピーエンドではなくて今の子供の自殺問題も考慮するなら番組の価値が上がるハーフバッドエンドにすべきだった。赤ちゃんの世話でミリが行き再び体調を崩した未希(志田未来ちゃん)がベッドから「必ず元気になってそらをまただっこするからね」のこ駑馬でエンドすれば作品価値がまったく違っていた。また中学生にも中学生の出産は負担が大きいことも分かり自己抑制へのメッセージになっていた。エンドがハピーエンドで14歳の多くの中学生が見ていたから大変なことになった。無事産んで無事退院したストーリーになったからだ。「あたしも彼氏とセックスしたい」とか言ってる人も爆発的に増え子供の性の暴走に沢に追い討ちの拍車がかかり始めている。ドラマとはいえもっと現実的にしないと駄目だと思う。人の考えはひとそれぞれだけど、一番きびしくしないと。命の重さを教えるなら、もっときつくしてほしかった。「14才の母」のような超過激なタイトルのドラマはナボコフの「ロリータ」のような「名作」になるか糞ドラマになるかのどちらかで中間はないのだ。最近のドラマは「14才の母」でもNANAでも、話題は妊娠ばかりである。これはほかでもない性教育の影響なのだ。性教育で妊娠は教えるからドラマでもいいだろうということになる。昔はドラマやアニメで「憧れの恋愛」だけを描区だけでも問題になっていた。今は性教育の影響で「憧れの恋愛」どころか子供は妊娠や避妊までセックスそのものまでドラマやアニメの子供番組で堂々と描かれている。

怒りの男女混合騎馬戦パート2、追跡、21世紀最大の超問題作「14才の母」反省

○ 私は今でも男女混合騎馬戦を行っている学校の市教委の担当部署に電話し、つづいて当該小学校にも電話した。川崎市は80%は今年になり男女混合騎馬戦は取りやめたが今でもまだ20%の学校が続けているからだ。続けている小学校へ電話をかけると教頭先生は何もご存じない。ここがおかしい。「事実関係をよく調べてご連絡する」とのことで、当方の携帯を伝えたところ、あとで校長先生から電話をいただいた。要点は以下の通り。【校長先生のお話】(1)昨年から新しい形を取り入れるようになった。(2)理由は、子供たち自身の話し合いと発案による。私の方針でやり方を変えたのではない。(3)運動会は4つの組で競うが、その際、どうやったら勝ち抜けるかということで、まず乗り手を決めた。乗り手は男子、女子さまざま。(4)この乗り手を支えるとき、女子の馬ではどうしても弱い。乗り手が女子でも、馬に男子を入れた方が強い騎馬を作れる。(※)つまり、男子は男子で騎馬を作り、女子は女子で騎馬を作るよりも、男女まぜこぜにした方が1つ1つが平均的に強くなるという考え方。「女子の乗り手を男子だけで支える」「1人の男子が馬の中心を務め、残りは女子」など。(5)このやり方で騎馬戦をやって大いに盛り上がった。それで、今年もそうすることにした。という理由だった。こんな無茶苦茶な考えで行っているなら猛烈に反論する。まず子供の発案だからと何でも認めるのはおかしい。教育上好ましいか、好ましくないかを判断し、指導するのが教育者の責任のはず。また思春期の男女の性差への配慮ということをどう考えているのか。子供たちが喜んだ、父兄が喜んだという一時的なことだけで判断してよいとは思わない。性行動の低年齢化が深刻になっている折、男女がごちゃ混ぜで肌を触れあうのを良しとする感覚を身に付けたら、中学、高校と進んで、いったいどうなるのか?適切な距離感を取った男女のあり方を育むために、「思春期の男女の性差への配慮」がこれまではなされていた。ごちゃ混ぜが男女平等というおかしな考え方のために、そういう教育的配慮を無くしてしまってよいのか?本当に親が納得したのかどうか。まわりの雰囲気に押されて、「まあ、仕方ないか」と諦めている親も実際の多くいた。親たちが本音を出せるアンケート調査はしたのか? 答えは、ものの見事に、してなかった。男女の肌の密着は大人の世界ではセクハラになりかねない。子供でも嫌がる子はいる。クラスの雰囲気で、あるいは全体で決めたことだから、と表面上は同意しても、内心嫌がっている子がいるかもしれない。大人なら「嫌だ」と意思表示できるが、子供はできるとは限らない。4年生の親で、来年こんなことをやるのかと不安に思っている人がいる。おかしいと思っている親はほかにもいる、とその親御さんは言っている。結論をいうと(1)「仰ることはごもっともと思う」「そういう考え方があることは理解できる」(そうでない考え方もある、というニュアンス)(2)「運動会までもう日数がない。今から変更はできない」(3)「今後、父兄にアンケート調査を行うなどして、父兄の意見(本音)を聞いてみたい」(4)「不安な親御さんがいれば、直接お会いする用意がある」以上のやり取りから感じたことは以下の通り。川崎市の場合、「子供の権利条例」という他自治体にはほとんどない特殊な条例がある。この条例の中で、しきりと強調されるのが、「子供は権利の主体」という考え方です。もちろん、「年齢と成熟に応じて」という条件が付くのだが、この条件は条例の中で申し訳程度に言及されているだなのだ(第14条1項)。また「川崎市子どもの権利に関する条例・逐条解説」第2章では基本的に発想の大転換が行われている。子供には「意見表明権」があるとされ、大人はそれを保障しなければならない(第15条)。よって、子供たちが話し合って提案したことに、教師は口をはさめません(はさみづらい)。しかし、良識的な教師なら、子供たちの決定事項でも、おかしいことはおかしいと言い、再考を促すだろう。例えば、修学旅行で宿泊する際、男女同室にしたいと子供たちが言ってきたら、教師は「はい、分かりました」と言うのだろか。子供たちの意見だからと尊重すのだろうか。良識的な教師ならそんなことはしないはずです。その決定が非常識で、好ましくないものであることを説明し、止めさせるに違いない。川崎市では高学年の女性教師にフェミニストやジェンダーフリーの教師が多く高学年の女性教師は危険で保護者は嫌っているそうだが過激な行動に出やすいのは高学年の女性教師が多いのは間違いない。こんなことでは受精には安心して高学年は任せられない。こんなことなら、男女混合騎馬戦も同じではないか。子供の意見表明権を盾に、常識を打ち破ろうとする動きには、警戒が必要だ。特に、男女混合を浸透させるために、子供たちを利用し、そそのかしているとしたら、許されないと思う。

愛媛新聞ヤン落に危険恋愛記事柳澤大臣発言は一転して野党党首全員失言に発展、追跡、21世紀最大の超問題作「14才の母」反省

愛媛新聞「ヤング落書帳」コーナーにまた危険な恋愛記事掲載、掲載記事そのまま掲載。

=卒業まで一ヶ月告白すべきか 友理奈(15)=

○ 私には今、好きな人がいます。それは一つ年下の子です。おもしろくて、一緒にいると楽しいのです。友達からは「仲がいいのだから告白すれば?」といわれるくらい距離が縮っています。しかし年が違うことで悩んでいます。それは卒業という壁。卒業まで後一ヶ月しかないこの時期に告白するのはどんな人だろうと考えてしまいます。時間がたつのが嫌いで、涙が出てきます。今は「もっと早く伝えたら!」「いっそうののこと出会わなければよかった」と思うくらいです「付く合ってなく」でなく、「好きです」という気持ちだけは一応伝えたい方がいいと別の友達に言われました。私の考えは今のところ「告白せずに卒業する」が強い考えです。でも後で後ろめたい気持ちもあります。私はどうしたらよいと思いますか?アドバイスください。(大洲市・女子)

○ また愛媛新聞「ヤング落書帳」コーナーにまた危険な恋愛記事掲載された。大洲市の中学校は今日のホームルームで大洲東・南・北・平野・広東・新谷各中学校は一斉に友理奈さんに当たる人物を調べ始めた。この恋愛記事は卒業前で何が起こる川からない非常事態にあり人物特定を急いでいる。しかしインターネットや携帯メールだけにカウンセリングでは特定できにくいのが現状だが全力を上げて人物特製するそうだ少女コミックのようなコーナーになるならヤング落書帳コーナーは意味がない今ある社会門外が学校の教育問題や自分の夢を語る記事は参考になるが、ここを編集部はよく考えてほしい。

=ヤン落デスクから=

友理奈さんは年下の好きな人に卒業まで告白すべきか迷っています。卒業してから後悔するなら気持ちを伝えた方がらくだと思いますが、そうは言ってもなかなか勇気が出ないですよね。バレンタインデーにそっとチョコを渡してみてはどうでしょう(P)

○ バレンタインデーは好きな人にチョコをプレゼントする日ではなくて海外ではお世話になった人に感謝を込めてチョコをプレゼントする日だ日本と韓国がバレンタインデーを取り間違えている。このヤンらくデスクも本等のアメリカ諸国や欧米先進諸国のバレンタインデーの意味は分かっていない。意味も分からずこの指導は非常に危険性が増すない校内でのプレゼントはバレンタインデーは全中学校禁止されている。

○ 「女性は産む機械」と発言し釈明に追われている柳沢伯夫厚生労働相が、6日の記者会見で結婚したい、「2人以上子どもを持ちたい若者」を「健全」と表現したことが波紋を広げている。首相官邸は問題視しない構えだが、野党側は「子どもが2人以上いなければ不健全なのか」と一斉に反発。柳沢厚労相の辞任を求める動きがさらに勢いづいており、国会審議の正常化を前に新たな火種となる可能性もある。多くの良識ある国民が首を傾げたくなるような記事やニュースが流れている。しかしこのニュースは今度は国民が逆に野党に大きな反発を示し始めた■柳沢伯夫厚生労働相の6日の記者会見での主なやり取りは次の通り。(記者)「少子化対策は女性だけに求めるものなのか、考えはいかがか。
(厚労相)若い人たちの雇用形態が、例えば婚姻状況などに強い相関関係を持ち、雇用が安定すれば婚姻率も高まるような状況なので、まず若者に安定定した雇用の場を与えていかなければいけない。また、女性あるいは一緒の所帯に住む世帯の家計が、子どもを持つことで厳しい条件になるので、それらを軽減する経済的支援も必要だろう。もう一つは、やはり家庭を営み、子どもを育てることには人生の喜びのようなものがあるという意識の面も若い人たちがとらえることが必要だろう。そういうことを政策として考えていかなければならない。他方、当人の若い人たちは結婚をしたい、それから子どもを2人以上持ちたいという極めて健全な状況にいるわけだから、本当にそういう若者の健全な、なんというか希望というものに我々がフィットした政策を出していくことが非常に大事だと思っている。」この言葉がどうして失言なのか凄く筋の通った言葉だと多くの国民が今度は納得している人が多いのだ。厚労相は「若い人たちは結婚したい、子どもを2人以上持ちたいという極めて健全な状況にいる」と指摘。国立社会保障・人口問題研究所の05年の調査で「いずれ結婚する」と回答した未婚男女の希望する子どもの数が平均値で2人を超えたことを踏まえた発言だった。これは当然のことだといえる。これに対し、野党側は「女性蔑視(べっし)が頭の中に染み付いているようだ。看過できない」(民主党の鳩山由紀夫幹事長)▽「かつての『産めよ増やせよ』とお国のために子どもを産んだ考えと同じようだ」(国民新党の亀井久興幹事長)――などと反発、厚労相の辞任を求め安倍晋三首相の任命責任を追及していく考えだ。これは民主党の鳩山由紀夫幹事長や社民党党首、福田瑞穂議員の方がおかしい。「産む機械」発言では厳しい声が上がった政府・与党だが、今回は静観している。自民党の片山虎之助参院幹事長は記者会見で「少子化阻止は大きな国政上の課題。2人以上が望ましいとなるんじゃないか」と理解を示し、同席した矢野哲朗国対委員長が「(発言は)ごく自然ですよね」と差し向けると「自然だと思う」と同調した。当然のことだ。首相は同日夕、首相官邸で厚労相と協議後、記者団に「わが家も残念ながら子どもがいないが、いちいち言葉尻をとらえるより政策の中身をお互いに議論していくのが大切だ」と問題視しない考え。厚労相も記者団に「発言は不適切とかではなく、素直に聞いてもらえば分かる」と理解を求めた。【古本陽荘】国民は今度は野党の鳩山由紀夫幹事長や福田瑞穂議員達に大きな反発を示している。この陰には日本女性学会による、柳澤大臣発言に関する意見書日本女性学会第14期幹事会および会員有志が、意見書を出していた。この問題は「子供を産む機械」発言までは与党のほうが悪いがその後の野党の態度があまりにも悪すぎる。予算委員会ボイコットは自分達の職務放棄になる。さらに今回のアゲ足取りで今度は良識ある国民に火がついた。石原都知事や森元首相と同じ発想なのですから、放置しては、今後も続きます。という考え方が間違っている。失言の意図を国会できちんと論議しなかったから。今後の選挙は与党有利に動いている。愛知知事選は惜しかったというより、民主党も共産党さんも、職務ボイコットの浮動票者も反発票を計算に入れていなかった。やはり、ここは考えどころじゃないのだろうか。なお参考に日本女性学会による、柳澤大臣発言に関する意見書を出してみた。『日本女性学会による、柳澤大臣発言に関する意見書(2007年2月2日)日本女性学会第14期幹事会および会員有志
柳沢伯夫厚生労働大臣が2007年1月27日、松江市で開かれた集会で、女性を子どもを産む機械に例え、「一人頭で頑張ってもらうしかない」と発言をしていたことが明らかになりました。これは、子育て支援を司る行政の長としてまことに不適切であり、即刻辞任されるよう強く求めます。大臣の発言には、以下のような問題があると、私たちは考えます。
第一に、人間をモノにたとえることは、人権感覚の欠如と言えます。第二に、女性を産む機械(産む道具)としてみることは、女性蔑視・女性差別の発想だと言えます。また、この観点は、優生学的見地に容易につながる危険性をもっているという意味でも問題です。
第三に、女性(人)が子どもを産むように、国(国家権力、政治家)が求めてもよいというのは、誤った認識です。産む・産まないの決定は、個々の女性(当事者各人)の権利であるという認識(リプロダクティブ・ヘルス・ライツ理解)が欠如しています。リプロダクティブ・ヘルス・ライツの考え方は、カップル及び個人が子どもを産むか産まないか、産むならいつ、何人産むかなどを自分で決めることができること、そのための情報と手段を得ることができること、強制や暴力を受けることなく、生殖に関する決定を行えること、安全な妊娠と出産ができること、健康の面から中絶への依存を減らすと同時に、望まない妊娠をした女性には、信頼できる情報と思いやりのあるカウンセリングを保障し、安全な中絶を受ける権利を保障すること、などを含んでいます。第四に、子どもを多く産む女性(カップル)には価値がある(よいことだ)、産まない女性の価値は低いという、人の生き方に優劣をつけるのは、間違った考え方です。産みたくない人、産みたくても産めない人、不妊治療で苦しんでいる人、産み終わって今後産まない人、子どもをもっていない男性、トランスジェンダーや同性愛者など性的マイノリティの人々など、多様な人々がいます。どの生き方も、平等に尊重されるべきですが、柳澤発言は、子どもを多く産む女性(カップル)以外を、心理的に追い詰め、差別する結果をもたらします。第五に、少子化対策を、労働環境や社会保障の制度改善として総合的に捉えず、女性の責任の問題(女性各人の結婚の有無や出産数の問題)と捉えることは、誤った認識です。子どもを育てることは、社会全体の責任にかかわることであって、私的・個別的な家族の責任としてだけ捉えてはなりません。第六に、「産む(産まれる)」という「生命に関する問題」を、経済や制度維持のための問題(数の問題)に置き換えることは、生命の尊厳に対する危険な発想といえます。もちろん、出産を経済、数の問題としてとらえることが、社会政策を考える上で必要になる場合はありえます。しかし、社会政策はあくまで人権擁護の上のものでなくてはならず、生命の尊厳への繊細な感性を忘れて、出産を国家や経済や社会保障制度維持のための従属的なものとみなすことは、本末転倒した、人権侵害的な、かつ生命に対する傲慢な姿勢です。以上六点すべてに関わることですが、戦前の「産めよ、増やせよ」の政策が「国家のために兵士となり死んでいく男/それを支える女」を求め、産児調節を危険思想としたことからも、私たちは個人の権利である生殖に国家が介入することに大きな危惧の念を抱いています。柳澤大臣に発言にみられる考え方は、安倍首相の「子どもは国の宝」「日本の未来を背負う子ども」「家族・結婚のすばらしさ」などの言葉とも呼応するものであり、現政権の国民に対する見方を端的に表しているものと言えます。2001年の石原慎太郎「ババア」発言、2002年の森喜朗「子どもをたくさん生んだ女性は将来、国がご苦労様といって、たくさん年金をもらうのが本来の福祉のありかただ。・・・子どもを生まない女性は、好きなことをして人生を謳歌しているのだから、年をとって税金で面倒をみてもらうのはおかしい」発言も同じ視点でした。産めない女性に価値はないとしているのです。少子化対策が、国のための子どもを産ませる政策となる懸念を強く抱かざるを得ません。小泉政権に引き続いて、現安倍政権も、長時間労働や格差、非正規雇用差別を根本的に改善しようとせず(パート法改正案はまったくの骨抜きになっている)、障害者自立支援法や母子家庭への児童扶養手当減額、生活保護の母子加算3年後の廃止などによる、障がい者や母子家庭いじめをすすめ、格差はあっていいと強弁し、経済成長重視の新自由主義的優勝劣敗政策をとり続けています。ここを見直さずに、女性に子どもを産めと言うことこそ問題なのです。したがって、今回の発言は、厚生労働省の政策そのものの問題を端的に示していると捉えることができます。以上を踏まえるならば、安倍首相が、柳澤大臣を辞職させず擁護することは、少子化対策の改善への消極性を維持するということに他ならず、また世界の女性の人権運動の流れに逆行することに他なりません。以上の理由により、柳沢伯夫厚生労働大臣の速やかな辞職と、少子化対策の抜本的変更を強く求めるものです。』まったく話にならない。私の名古屋市の知人はどの党も支持していなくて浮動票の人が数名板が柳沢発言を国会で追及せずに予算委員会をボイコットして職務放棄したことは国会議員は何しているのだと腹を立てて所蜘蛛をきちんと行っている自民党に票をみんな入れてしまった。野党はもっとフェアに戦う必要がある。また揚げ足取りは良くない。揚げ足取りの陰には怖い過激な性教育やジェンダーフリー教育の陰も「多様な家族を認めようとしない」という言葉から国民総生産世界第2位の日本の危機感も感じる。野党の狙いはズバリ過激な性教育でフリーセックス野生開放、男女平等ではなくて女性上位の目的も見られる。私が持っている。性教育リポートは90~92ページにある。この3ページは手元に残しておく価値があるので、それを思えば定価330円は安い。親たちよ必読だ! 幼・小・中の性教育はほとんど「フリーSEXのススメ」(「Friday」08/05)冒頭にp.90だけを縮小引用した。なお、自民党は自ら主な事例を公表すべきと思う。ネット上で先行公開し、紙媒体の報告書にまとめて、少なくとも投稿した当事者に配布してほしい。また実費で販売もしてほしい。そうすれば、彼らはさらに10部とか20部とか取り寄せて、知人、友人に配ることができる。あちこちで話題にできるのだ。全国調査で事例を集めるなんてことはそう簡単にできることじゃない。せっかく実現し、しかも多数の投書があったのだから、この機会を100%も120%も有効活用してもらいたい。自民党には次のことを注文したい。過激性教育・ジェンダー教育の具体例を積極広報してほしい。過激な性教育、ジェンダーフリー教育で、調査を断行していただいたことには深く感謝している。先週、「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査」プロジェクトチームの記者会見が行われ、全国から寄せられた約3500の事例があると「産経新聞」の報道で読んだ。しかし、産経新聞には具体例は4例しか載っていない。ほかの大手紙は全部無視。ひどい実例は身近にある学校にさえ多くある。自民党にはインターネットもあるし、機関誌もあつ。なぜそれらを使って大々的に広報しないのか。私もプロジェクトチームには身近な学校の実例を投稿した独りだ。知人に話して、投稿もしてもらった。みんな結果発表を待っている。中には「投稿を全文公開してもらっていい」という人もいた。私もその1人だ。関心のない人たちにも、今の凄まじいまでに荒廃した性教育の実情を知らせて、目を覚ませ!と訴えていただきたい。大手紙が取り上げないなら、自民党としてあらゆる手段を使って広報していただきたい。再びほとぼりが冷めて再燃し始めているからだ。ようやく「世界日報」や「フライデー」に一部が出たが、これでは全然足りない。6月のシンポの際の展示会は見てきたが目を覆うばかりだった。是非土曜日を含めて、再度の展示会開催をお願いしたい。自民党は政権を担う全国組織なのだ、展示も全国巡回させるなど、もっと大がかりな企画があっていいと思う。今後は、性教育に関しては、(1)国民の各界各層のできるだけ多くの人に、この実態をありのままに知っていただく、(2)現場の実態改善につなげる、(3)「学習指導要領遵守」を有名無実に終わらせない制度的仕組みを作る、などに取り組んでもらいたい。なお過激な性教育副読本のイラスト中にはこんなことが書いてある。『女の子の性器は、指でひろげてみると、こんなふうに、3つの穴が並んでいるのがわかります。上から、尿道口、ちつ口、こうもんの3つです。尿道口の上に小さく、とびだしたところは、クリトリスといって、とても敏感なところです。』全くふざけたテキストだ。尿道口や性器や肛門は「穴」なんだそうだ。こんなとんでもない本を平気で学校で使うとは、狂ってるとしか言いようがない。性器の図はリアルに書く必要はない。医学的な図を、小学4年生(初経・精通は4年で習う)にも分かる程度に簡略化して載せるだけでいいのである。なぜリアルに描くのか?教室でこういう生々しい絵を見ている子の隣には異性が座っているのだ。異性の性器を直接見てみたいという誘惑を与えるだけではないか。性欲にかられて、とは限らない。性欲などなくても、好奇心にかられて、そうした行為に及ぶ子は必ず出てくる。性に目覚める中学生になると大変な自体になる。配慮に欠けた欠陥教材であり、教育現場から追放すべきだ。これこそエロ本以上の正真正銘の「有害図書」だと思う。80%の女性は子供は「2人以上持つことは健全という希望を持っている」ということは本当である。「80%は希望している」と言っているので絶対に二人梅とウィ意味とはまったく違うのだ。今の日本の状態を考えると素晴しい発言である。野党の「2人生まない人は不健全か」というこの言葉はこれで失言は与党と野党が逆転してしまったと言っていい。

○ 追跡、21世紀最大の超問題作「14才の母」反省
人間の遺伝子には、早い女の子は11歳普通は12歳から13歳で初潮がくるように設定されているが、生き残る競争が国際的に激しくなってきたため、たったの11年~13年では頭脳力を鍛えるには不充分になってしまった。だから私たちは11歳~13歳でセックスを始める人は明らかに「早過ぎる」のだ。日本では女性16歳以上、男性が18歳以上でなければ結婚が認められていない。その理由は生き残るためであることが分かったと思う。また女性を16歳に年齢制限しているのは初潮が始まっても子宮など胎児を育て安産ができる体になるには16歳はかかるからだ。だから法律でこのように認められている。女性なら最低16年、男性ならば裁定18年間はセックスのことを考えずに教育を受けて生きる力を身につけなさいということになる。この年齢以下で子供を作ってしまうことは、明らかに子育てに不利だ。まあ、中には一人くらいそのような国民がいても国はダメージを受けないが、全員が若い頃にセックスをして子供を生み落とすようになれば、日本は間違いなく世界に取り残され、超貧しい国となり国は崩壊して滅びる。現状としては最低でも大学レベル(22歳)までは恋愛やセックスをメインに考えず、教育を受け、生き残る力を身につけていかなければ、国際暴力社会で生きていくことが困難になってきた。ところが、遺伝子には11歳~13歳で発情するように設定されているから困ったものだ。発情し、恋愛に全てをささげたい、セックスしたいという本能の欲求に打ち勝って教育を受けなければならない。そう、今の時代は遺伝子の命令に反抗しなければ生 きていけないのだ。「14才の母」はこのような日本の社会の現状までも無視して作り上げた、とんでもないドラマであり2006年の14才以下の出産が42件以上になり今後、中学生や高校生の妊娠や出産が増え、エイズやSTD性感染症が増えるとると日本壊滅番組と叩かれるのだ。なおエイズやSTD性感染症はコンドームでも防ぐことはできない。避妊指導も安易に行うべきではないのだ。14才という低年齢出産を美化しただけのドラマだった。「14才の母」はほとんどありえない。1970年は300万人の女子中学生の中でわずかに12件、悪魔の教育となった性教育の影響で爆発的に増えて3倍以上になった2005年でも42件47都道府県の数にも満たないのだ。ただし今後は「14才の母」の影響や過激な性教育の影響で激増する危険性はあり同時に日本が崩壊する危険性もはらんでいる。子供を生む事で母とは言えない。生命を育むことで「母」になるのであって、14才でその資格も能力もない。『あたしは13才ですけど、14才の母を見たからって、たとえ彼氏との間にできた子供を産もうなんて思いません!!大人はもし娘にこのTVを見さすとデキちゃった時産む!とか言うっていう考え方はないと思いますよ。私はすくなくともTVを見てそう感じません。私が作ってるサイトにも普通産まないよ~。ってみんな書いてるし・・・。まあ大人が思ってる以上にTVに私達は影響されてないですよ。みんなゴムつけろよ。とか言ってます』公式掲示板の沙智さんの書き込みを読んで、ますます心配になった。>ゴムつけろよ・・・ってことは、ゴムつければ性関係を持つと言う ことだ。>私が作ってるサイトにも普通産まないよ~。ってみんな書いてるし・・・。産まないと言うことは中絶すると言うことだ。書き込みから中学生同士の性関係が増えていることを知って、ますます心配になった。早い性関係は決していいものではない。私が言いたいのは結婚するまでは純潔を守るということ。ぜひ自分を大切にしてほしい。またコンドームではエイズも性感染症も防げません「14才の母」は14才の妊娠がテーマですがエイズをテーマにしたドラマでは最近はコンドームの問題も取り上げられています。コンドームは避妊は出来てもエイズもSTD性感染症も防げませんコンドームは性教育の大きな問題点となっておりセイフティーなセックスは現性医学段階は不可能なのだ。結婚まで純潔を守る以外方法はないと警告がされている。性感染症の原因は早くわかっても治療法は見つかっていない。本当に日テレが全 国の中学生に自己抑制や生の価値観や尊さを伝えるメッセージとしては描けなかった。個々に問題点が残る。 今の社会では、14才、15才での妊娠の可能性は悪魔の教育となった性教育によりはるかに昔に比べて起きうる出来事になっている。 今の教育の今後の改善点だ。だからこそ、現実の大変さを教える番組になってほしいと真剣に思ったが残念だ。また、大人や性教育を過激に行っている教育現場の教師も、そのような社会になった責任をもっと感じるべきだ。大人(特に教師)が一番反省すべきだと思う。14才の母、が今後は自己抑制の役目は果たせず逆に中学生の性を暴走させることは確実だ。お花畑の最悪のハピーエンドで、見た中学生が、「14才でも子供を産んでいいじゃんか」と思わさないような指導が今後は教育現場の先生に求められ「14才の母」のドラマを子供の考えから打ち壊す指導が必要になるだろう。

民主党のイメージダウン小宮山洋子発言、追跡21世紀最大の超問題作「14才の母」批判

民主党のイメージダウン小宮山洋子発言、追跡21世紀最大の超問題作「14才の母」批判
民主党のイメージダウンは小宮山先生にお任せといわんばかりの出来事になった。元NHKアナウンサーで、解説委員までやっていた割には言葉が下手だ。解説担当は労働問題、女性・家族問題、消費経済など。あっちゃ~、という感じだ!柳沢大臣の「女性は産む機械」発言について、?#92;算委員会で少子化問題で集中審議をすることになった。そこで民主党から質問に立ったのが前述の経歴をお持ちの小宮山洋子センセーだ。民主党東京都第6区総支部長の肩書きまで持つ。優しい笑顔に、黄色いスーツがよくお似合いで。恐らく、本人のラッキーカラーなのだろう。いつも黄色い服を着ているようだ。イワキセンセーがいつもピンクのスーツのように。委員会では 「娘には男性と同じ教育を受けさせている」「若い人が、結婚したい、子どもを2人持ちたいという健全な状況にある」などの発言についてどこに問題があるのか、しつこく、しつこく問いただした。ことば尻を捉えては、揚げ足を取るばかり。最後は柳沢大臣がぶちぎれてしまう。いじめっ子をやっつける学級委員のような正義感を振りかざしたつもりかもしれないが、あの場面を見た国民の目にはそうは写らなかった。本人は自身のホームページでこう述べている。『謝っているからいいじゃないかとか、言葉狩りだといった批判がありますが、それは違います。あやまってすむことと、すまないことがあり、今回の発言は、人権にかかわる発言で、海外からも、自分の国では即辞任があたりまえと評されています。世論調査でも7~8割の人が辞任すべきといっています。これは、大臣の資質にかかわる問題で、少子化への対応はこれからの日本の最重要課題で、その政策の多くを所管する厚生労働省の責任者だから深刻ということです。』してやったりなのだろうが、あれで民主党離れが起きたことに気づいていないのは小宮山センセーだけか。柳沢大臣の発言は確かに良くない。しかし失言を取り上げて自分が失言を連発しながら辞任まで迫るのはやりすぎだ。このままでは統一地方選挙や参議院選挙は民主党は大変な事態になる。、「反性教育」などというレッテル?#92;りは、全く不毛なプロパガンダだということ。フェミニスト議員である小宮山洋子のいう「性教育」という言葉は、それ自体、無色透明の、教育ジャンルを示した言葉にすぎません。たとえば「日本史」。日本史を、マルクス主義史観に基づいて記述し、その観点から、学習指導要領の指針に近い教科書を作ることはできます。あるいは、自虐的・反日的で、日本の過去の過ちを必要以上に強調する贖罪史観の立場の教科書と言ってもいいかもしれません。「新しい歴史教科書をつくる会」が登場するまでは、実際に、そうした教科書が目立ったわけです。しかし、つくる会の登場で、それと異なった観点の教科書もあり得ることが立証されました。このように、同じ「日本史」でも、異なった立場があり得ます。同様のことは、学問の世界を考えればより明瞭になります。経済学という学問は、私が学生だった頃は、「マル経」(マルクス経済学)、「近経」(近代経済学)と明瞭に分かれていました。今はそれほど分離が明瞭でないものの、依然としてマルクス経済学の延長で経済学を研究している学者はたくさんいます。さすがに今の主流は近経ですが、その近経内部でも、ケインジアンと新古典派の対立があります。このように、一口に「経済学者」と言っても、その人の拠って立つ立場が問題になります。ケインジアンが自らの立場を絶対化して、新古典派経済学者を「反経済学者」と呼ぶことはありません。同様に、マルクス経済学者が、ケインジアンや新古典派の主流経済学者を「反経済学者」と呼ぶことも、よほどいかれた人を別とすれば、ないでしょう。なぜなら、同じ経済学という学問ジャンルにおいて、考え方の相違から学派が分かれているからです。日本史の場合も、自虐・反日・贖罪史観と自由主義史観の対立があっても、それは日本史教科書のありかたを巡る立場の違いです。一方が相手を「反日本史教育」「反歴史学」などと罵るなら、それは無意味なレッテル?#92;りであり、プロパガンダと言わざるをえません。これで明らかなように、性教育についても、性を教えるに際して、どんな考え方で臨むかが問われています。アメリカの場合なら、「純潔教育」「禁欲教育」「自己抑制教育」と呼ばれる考え方と「包括的性教育」と呼ばれる考え方が鋭く対立し、せめぎ合っています。どちらも性教育です。一方が性教育で、他方が反性教育ということはないのです。日本はどうでしょうか。性教育を論じる際に、「性教育」対「反性教育」という図式を作り出すなら、両者の間に議論を交わす余地はありません。「性教育」の側にとって、「反性教育」陣営はただの敵でしかありません。彼らがやることは、敵を非難し、攻撃し、叩きつぶすことでしかないでしょう。しかし、性教育への批判者は、そういう性質のものではありません。性教育における考え方の違いを強調し、「過激な性教育」に対して、もっと抑制された性教育のあり方があるのではないか、という問い掛けです。その際に、米国で伸張してきた純潔教育、禁欲教育が参考にされているわけです。当然、性教育にはいろいろな考え方があっていい。しかし、「過激な性教育」は、公教育でやるのにふさわしいものなのか。大方の親たちが望んでいるのは、そんな教育とは違うのではないか。性教育にいろいろな考え方があることを認めた上で、公教育における相応しいあり方を求めていこうとするのが、今の動きでしょう。それを「反性教育」などという言い方で、性教育そのものと相容れないかのように言うのは、繰り返しますが、無意味なレッテル?#92;りであり、プロパガンダです。以上の指摘は、小宮山洋子や過激な性教育推進団体の性教協が、批判を「性教育バッシング」などと命名して、唯一の「性教育」なるものがあって、それが右翼に脅かされている式の誇大妄想に対しても、そのまま当てはまります。小宮山洋子はシーカスの性教育を指示しすぎて確実に自滅の道をたどっているといえる。

○ 追跡21世紀最大の超問題作「14才の母」批判
個人的に「14才の母」をビデオで見返して、感じたこととしては、1話分を延長させる必要性はなかった。ましてや、今回を20分も拡大させる必然性はなおさら感じなかった。欲を張って、1話延長せずに前回あたりを拡大版で締めくくらせればもっと印象がよくなったように思う。井上真由美さんの脚本は決して上手ではない。脚本が弱すぎて多くの問題点が出てしまった。未希が戸籍の話をする場面とかはもう完全に大人は分かりきっていることで中学生に見せるなら放送時間を9時に繰り上げるべきだ。放送時間もテレビ局は考えていなかった。多くは腑に落ちない部分ばかりで、トータルで見るとモヤモヤしたまま終わったドラマだった。このドラマに寄せられている批判をある程度汲み入れようということで、一ノ瀬家の周囲の人たちの目線を入れて、同じ年頃の娘には影響が強すぎる、子どもはどうやって産まれてくるのかと子どもに聞かれて困っている、という台詞があった。これはまさに、このドラマに対する指摘に他ならない。とりあえず、その言い分も分かるよ、ということはアピールしつつ、でも、それだけじゃ、ドラマにならないんだよ、という作り手側の一種のジレンマも垣間見えた気がする。それでも、最終回の内容はこれまでやってきたことの総おさらいみたいな印象で、論が堂々巡りしていたように思う。堂々巡りの議論こそが若年での出産ということの本質なのかもしれないけど、2時間尺の作品ならまだしも、連続ドラマとなると、歯切れのいい結末とはいかなかった。(結局最悪の中学生に出産を推奨するお花畑のハッピーエンドになってしまったのは非常に残念である。「14才の母」は命のテーマからして、もっと遥かに厳しい結末になるのが普通なのだと思ってたがまた厳しいバッドエンドになればこのドラマは歴史煮のころ名作になり中学生への自己抑制のメッセージになっていた。最終回のハッピーエンドでドラマはこれまで積み上げてきたものが音を立てて崩れ去った。「命の尊さ」のテーマも「愛するために生まれてきたの」のテーマもあのエンドでは生きない。パピーエンドに批判や疑問を持つ人が増えるのは当然だ。本来なら14歳で子供を産んではいけません的な要素を持たせるべき自己抑制のメッセージにしないといけないがこれは逆だ。志田未希ちゃんの演技が非常に上手なだけに14才でも子供を産んでもやっていけるという中学生出産推奨ドラマになってしまったことは非常に残念出ならない。志田未来ちゃんの演技力が高いだけに14才でも子供ができても、やっていけるかもとさえ思わせる妙な説得力や迫力があった。志田未来ちゃんの演技直の高さが招いた悲劇である。志田未来ちゃんの演技力の高さを生かしてバッドエンドにすればこれは全国の中学生へ非常に強い自己抑制のメッセージになっていた。この辺が微妙なとこだ。「14才の母」のドラマでは相変わらず、未希(志田未来ちゃん )の両親(生瀬勝久 田中美佐子)は甘いな。加奈子(田中美佐子)は未希(志田未来ちゃん)と散々、話し合ったって言っているけど、それほど話し合っているとも思えないし、意外と案外、素直に未希(志田未来ちゃん)の「産みたい」という願いを聞き入れてしまった、という印象を受けた。忠彦(生瀬勝久)のほうはギリギリまで食い下がっていた。この姿こそが現実の親の姿だ。しかし、この人もイマイチ押しが足らない。「縛り付けてでも手術を」と言っているんだけど、母親に反対され、あっさり折れる。このような、お父さんじゃ、娘に人工中絶させるのは無理だ。また中絶を描くと中学生に中絶推奨になるので絶対にいけない。しかし出産は直いけない行為だ。14才では命にかかわるケースが多い。子供の親の像も年々変わっているのだろうけども、私は個人的にもっと親は厳しく描いてもよかったのではないかと思う。人の深刻の度合いは分からないから一概には言えないと断りを入れておきながらも、厳しく接して、トコトンまで対立して向き合うことで、今回のような結論に至るならまだしも、簡単に決めすぎていたのでは、という気がする。

コンテントヘッダー

メッセージはこちらへどうぞ☆

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

悠貴

Author:悠貴
神奈川で看護学んでます。

↓詳しいプロフィールはこちらへ!


そう、流行りモノ、新しいモノ大好き娘でございます。。。

アクセスThanksです☆

無料ホームページ ブログ(blog)

ランキング
↓ワンクリックPlease☆

学生ブログランキング 人気ブログランキング FC2ブログランキング

カレンダー
11 | 2017/03 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最近の記事
コメントどうもですっ!
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロガーさんなお友達☆
そざい屋さん

YAMA☆そざい屋本舗
↑主にBBSで使わせてもらってます☆

M Por Probar
↑カウンター使わせていただきました☆

2005.7.16~2005.11.25
↓旧ブログ。
たまにお勉強ノートつけてます。

旧ブログ

ブログ内検索
フリーエリア

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。